かなり大きめの地震
一昨日の夜にかなり大きめの地震がありましたね。
結構、この地震のことを書いている人が多いので、
自分が書くのもどうかなーと思っていました。
しかし私は、東日本大震災が人生の転機になったので、
ここで想いを伝え無いわけにはいかないなと思って、
急遽、テーマを変更してお届けします。
余談ですが、なぜ昨日のメルマガで言及しなかったのかと言うと、
昨日のメルマガは金曜日の夕方に書いていたからです・・・
さて、2011年の3月11日14時46分。
当時大学院生だった私は、
研究室のミーティングに参加していました。
そして、突如襲った強烈な揺れに、
研究室にいたメンバー全員が戸惑い、
何もすることが出来ずに、
ただただアタフタと揺れが収まるのを待っていました。
その間にも、研究室の本棚が倒れ、
ガラスの扉は無惨にも割れて飛び散り、
それまで震度4以上の地震を経験したことがない私には、
この世の終わりなんじゃないかという、
猛烈な恐怖を身をもって感じました。
実は、私の研究室があったのは、
↓こんな構造の建物の最上階で、
構造的に揺れやすく、
実際に体感震度は震度6くらいは有ったと思います。

なんでこんな設計にしたんだよと思いつつも、
その後に襲ってくる余震でも、
かなりの揺れを、
経験させられることになりました。
そして地震が収まった後も、
押し寄せる津波の映像や、
福島第1原子力発電所の事故を目の当たりにして、
否が応にも自分の将来を考え直さざるを得なくなったのです。
実は、私が大学院で在籍していたのは、
電気系工学専攻というところで、
その中でも私の研究室のOBは、
約半数が電力会社に就職しています。
私の1年先輩のOBは、
2010年に東京電力に就職し、
1年目の配属先は、
まさに福島第1原子力発電所でした。
後から聞いた話ですが、
その先輩は原発が爆発した日に、
まさにその現場にいて、
いつまた爆発がおきるかという恐怖や、
目に見えない放射線と戦いながらも、
懸命に作業にあたってくれていたそうです。
私自身はと言うと、
当時は博士課程への進学を決めていた時期なので、
2011年の時点でその先の進路は全く未定だったのですが、
研究室の先輩方と同じ進路は無理だなということは、
誰の目からも明らかでした。
その後の私の進路については以前メルマガで書きましたが、
その判断に東日本大震災が多大なる影響を与えたのは、
間違いありません。

10年前日本全体が沈んでいた時期にビジネスを始めて、
そしてその翌年の2012年には、
起業家として生きていく道を選んだわけですが、
もし震災が起きていなかったら、今の私は無かったでしょう。
確かに私自身は、直接被災したわけでもないし、
親戚や友人を亡くしたわけではありません。
しかし、こうして私の人生に、
大きな影響を与えたことは、間違い無いです。

来月書こうと思っていたことですが、
思わず気持ちが高ぶったので、
今日お届けするテーマにしました。
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